レオーネ初代

初代は1971年10月7日に発売され、当初はクーペモデルのみの展開(グレードはDL・GL・GS・GSR)で、スバル・ff-1 1300G シリーズと併売されたが、1972年4月、2/4ドアセダン(スタンダード・DL・GL・カスタム・スーパーツーリング)、1,100ccモデル(DL)、商用車のエステートバン(スタンダード・DL・スバル初の4WD)が追加され、ff-1からの世代交代を完了した。

当時のトレンドおよび提携先の日産自動車の影響が感じられるロングノーズ・ショートデッキの抑揚の強いデザインを持ち、メカニズム的にもブレーキがアウトボードになったり、スポーツモデルのステアリングギア比が遅くされるなど、スバル・1000/ff-1の技術至上主義を抑え、より市場に受容される「商品」としての性格を強めようとする意図が感じられた。スバル・360/サンバー/1000まで全てのスバル車の基本設計を担当してきた名設計者百瀬晋六を、日産自動車との業務提携が成立した1968年8月に設計本部から技術本部に移し、レオーネの設計に関わらせなかったことも、新型車レオーネの性格を決定付けている。レオーネの代になってスバル1000/ff-1シリーズのシンプルな機能美が失われた点は、古くからのスバルファンや、欧州車志向の強いカーグラフィックなどの自動車ジャーナリズムを嘆かせた。

ドゴール

ド・ゴールはイエズス会学院の校長(歴史科を教えていた)を務める父アンリの子として、フランス北部の工業都市リールに生まれた。

ド・ゴールの家系は下級貴族である。「ド・ゴール (de Gaulle)」の「ド」(de) は本来は前置詞で、「ゴール(ガリア)公」「ゴール卿」といった意味を持つ[1]。ド・ゴール家の場合は名字の一部と見なされている。

ド・ゴールの曽祖父はルイ16世の法律顧問をしており、フランス革命時に投獄されている。父アンリは医学・理学・文学の3つの博士号を持つ碩学、熱心なカトリック教徒だったという。また、祖父ジュリアンも著名な歴史学者だったといい、ド・ゴールは幼い頃より歴史に興味を覚え、「フランスの名誉と伝統」に誇りを抱くようになったという。そして、ド・ゴールは、伝道師を目指していたものの、長身痩躯という立派な体格だったことから軍人の道を選んだ。

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